
「地震・津波時における児童・生徒の避難の実際及びその後の対応」
講師:飯岡中学校教頭(東北大震災時) 伊藤 進様
会場:千代田・染井野ふれあいセンター 第1会議室
参加者:31名
【講演要旨】
- 講師略歴
旭市出身、教員生活の三分の二は、旭市で過ごす。
- 旭市の概要(2012年5月1日現在)と被害状況
・面積・・約130㎢
・人口・・69,197人
・小学校・・15校 児童数・・3,617人
・中学校・・5校 生徒数・・1,905人
(人的被害)
死者:13人、行方不明者:2人、中軽傷者:12人
(住家被害)
全壊:336、大規模半壊:429、半壊:502、一部損壊:2,358 合計:3,625
床上浸水:675、床下浸水:273、液状化:755
- 飯岡中学校の状況
講師の中学校時代に建設された校舎(震災当時、築40年以上)で、建替えは予定せずに、校舎移転が決まっていた。震災当日は、卒業式の直前で、その準備をしていた。鉄筋にも関わらず、校舎が大きく揺れた。生徒数は450名。校長は出張で不在。
身を守る措置後、校庭へ避難したが、ほどなく津波警報が発令された為、高台にある公園へ避難(住民および迎えに来る保護者対応のため、職員3名を残す)。
保護者に避難状況を知らせるために「スクールメール」を発信したが、キャリアによって、配信時刻が大きく異なり、遅いものでは8時間後というものがあった。
また、安否確認メールがつながらないケースもあった。
臨時の避難所が開校予定の中学校に開設されたが、物資の搬入等に中学生が大きな戦力となり、活動してくれた。
- 普段の備え
・チリ地震による津波(1960年)が飯岡地区にも来ていたことから、「津波が見えたら、校舎の上階へ」、「津波警報が発令されたら、高台へ避難」と決めている。
・避難所運営は、旭市では課ごとに分担し、管理する取り決め。
・避難所運営では、暖房機が課題(使用中の暖房機は、電源が無いと利用できない)。
・「天気は晴」の想定になっていて、雨・雪の対応が課題
・飯岡小は、高台まで1.4~1.6kmあり、津波対応訓練として全校児童による「手つなぎ遠足」(上級生が下級生の手をつないで)を実施している。
- 補足(飯岡地区が海岸に面していることから)
・「離岸流」について・・わずかの幅(5~6mのことも)で、沖合に流れているので、中に入ったと思ったときは、陸に向かって泳ぐのではなく、左右どちらかによけることにより、容易に岸に戻れる。
・何事も地域のことをよく知って、必要であれば、行政と交渉してゆくことが大切。


